退職に効く名言11本。出典を確かめて、偽名言は落としました
その言葉、ほんとうに、その人のものですか。
退職の名言でよく回っている言葉には、別人のものが混ざっています。ここに並べた11本は、原典か検証記録まで当たったものだけです。
退職に効く名言11本
1本ずつ、どこまで確かめたかを一次・二次・伝承で、著作権が切れているかをPD・存続で書きました。目盛りの読み方と、確かめた結果ここに載せなかった8本は、11本のあとにまとめてあります。
1.「大事を思ひ立たん人は、去り難く心にかからん事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり」
真理探究の大事の志を発起した人は、捨て去りがたい気がかりのことも成就しないで、そのままに捨ててしまうべきである。
吉田兼好『徒然草』第五十九段(14世紀前半)/佐藤春夫訳・青空文庫で本文照合。一次/PD
先に断っておくと、兼好が書いているのは仏道に入る決心の話で、転職の話ではありません。それでも同じ段の続きが、700年たっても古びないのです。「ちょっとこのことをすませておいて、ついでにあのことも片をつけて、あのほうのことも人に笑われないように」と考えていると、「よんどころないことがあとからあとから出てきて、そんなことが尽きてしまう日もなく、思いきって実行する日があるものではない」。
先送りが起きる仕組みを、これほど短く書いた文章を他に知りません。用事が減ってから動こうとすると、用事は減らないのです。
退職に置き換えると:「引き継ぎが終わったら」「後任が決まったら」「このプロジェクトが片づいたら」——その日は、来ません。片づけた分だけ、次が積まれるからです。
2.「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」
為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり
上杉鷹山が家臣に与えた歌。表記と出典の整理はレファレンス協同データベース(国立国会図書館)。二次/PD
気合いを入れる歌として使われがちですが、詠んだ人を見ると読み方が変わります。鷹山は、財政の傾いた米沢藩を立て直した藩主です。精神論ではなく、産業を興し、支出を削り、制度を組み替えた実行者。その人が「為さぬから成らぬのだ」と書いている。
なお、上杉謙信の作として紹介されることがありますが、レファレンス協同データベースは鷹山が家臣に与えた歌として整理しています。ここでも発言者は入れ替わります。
退職に置き換えると:求人を1件開くのも、有給の残りを数えるのも「為す」の側です。転職しようかな、と考えている時間は、まだ何も動いていません。
3.「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」
行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。我に与らず我に関せずと存候。
勝海舟が福沢諭吉「瘠我慢の説」への返答として送った書簡(明治25年/1892)。PHP研究所・歴史街道の解説。二次/PD
幕臣だった勝が明治政府の要職に就いたことを、福沢諭吉は「瘠我慢の説」で批判しました。その原稿を本人に送りつけ、意見を求めた。返ってきたのがこの一文です。出処進退は自分の中にある、褒めるも貶すも他人の勝手で、自分には関係がない——反論もせず、謝りもせず、評価の土俵から静かに降りています。
けんかを買わないことと、意見を曲げないことは両立するのだと分かります。
退職に置き換えると:辞めると決めたあとに来るのは、正論の顔をした他人の意見です。「逃げだ」「もったいない」「あと1年やってから」。全部、毀誉のほうです。
4.「日本を今一度せんたくいたし申候」
日本を今一度せんたくいたし申候事ニいたすべく
坂本龍馬から姉・乙女にあてた書簡(文久3年6月29日/1863)。原本は京都国立博物館蔵、e国宝で画像が公開されています。一次/PD
書いたのは、土佐藩を脱藩した人です。組織を出た人間が、組織の外から「国ごと洗い直す」と姉に手紙を書いた。しかもこの手紙、勇ましいだけではありません。尼になりたいと言い出した姉をからかう軽口も混じっていて、決意表明というより、近況報告のついでの本音に近い。
大きなことを言うときほど、その人がどこに立っているかを見ると意味が変わります。彼は安全な場所からこれを書いたのではありませんでした。
退職に置き換えると:洗濯は、汚れを認めるところから始まります。「この会社は自分に合っていない」と言葉にするのは、投げ出すことではなく、洗い始めることです。
5.「ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた!」
ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた!
夏目漱石の講演「私の個人主義」(大正3年/1914・学習院輔仁会)。青空文庫収録。一次/PD
漱石は東京帝国大学の教師を辞めて、朝日新聞に入り、小説を書きました。教職を捨てた人の講演です。
その中で語られるのは、成功談ではありません。英文学をやっても手応えがなく、袋の中に閉じ込められて出口を探すような日々。他人の言葉を借りているうちは、いつまでも借り物のままだった。だから「自分の鶴嘴で掘り当てる」までやるしかなかった、と学生に話しています。掘り当てた瞬間の叫びだけが有名になりましたが、その前には、長い、手応えのない期間があります。
退職に置き換えると:掘り当てるまでは、掘っている最中です。いま手応えがないことは、道がないことの証明にはなりません。
6.「危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ」
危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。
岡本太郎『自分の中に毒を持て』(青春出版社・1988/新装版2017)。一次/著作権存続(引用は1文のみ)
安全な道と行きたい道が食い違うとき、体のほうは先に答えを知っている——岡本太郎はそう書きます。危険だと感じるのは、そこに自分の望みがあるから。逆に、まったく怖くない選択は、たいてい望んでもいません。
怖さを「やめておけ」の合図として読むか、「そっちだ」の合図として読むか。同じ動悸を、逆に読む提案です。
退職に置き換えると:安定した会社を離れるのが怖いのは、離れたい気持ちが本物だからです。何とも思っていない仕事なら、辞めるのも怖くありません。
7.「千里之行、始於足下」(千里の行も足下より始まる)
千里之行、始於足下。
『老子』第六十四章。原文は中國哲學書電子化計劃で確認。一次/PD
「千里の道も一歩から」として知られていますが、この章の前半を読むと印象が変わります。第六十四章は「安定しているうちは保ちやすい」「兆しのうちは対処しやすい」と、小さいうちに手を打てという話を繰り返しています。壮大な励ましではなく、実務の話なのです。
一歩の話がありがたいのは、一歩なら今日できるからです。千里を今日走れと言われたら、誰も立ち上がれません。
退職に置き換えると:退職届の1枚も一歩。有給の残日数を数えるのも一歩。転職サイトに登録して、その日は閉じてしまっても一歩です。
8.「山の動く日来る」
山の動く日来る。
与謝野晶子「そぞろごと」(『青鞜』第一巻第一号・1911年9月1日)。青空文庫収録。一次/PD
平塚らいてうたちが創刊した雑誌『青鞜』の1号目に、晶子が寄せた詩の冒頭です。女性が公の場で声を上げること自体が珍しかった時期に、「動かないと思われていたものが動く日が来る」と書きました。
宣言としても強いのですが、面白いのは書き方です。「動かそう」ではなく「動く日来る」。もう決まっていることのように書いている。
退職に置き換えると:「うちの会社は変わらない」は、たぶん正しい観測です。ただ、動くのは山でなくてもいい。あなたが動けば、景色は同じだけ変わります。
9.「自分の夢の方向へ自信をもって進み、思い描いた人生を生きようと努めるなら、思いがけない成功に出会う」
If one advances confidently in the direction of his dreams, and endeavors to live the life which he has imagined, he will meet with a success unexpected in common hours.
H.D.ソロー『ウォールデン 森の生活』(1854)結論の章。原文はLit2Go(南フロリダ大学)で照合。日本語訳は当サイト。一次/PD
よく見かける「Go confidently in the direction of your dreams!(夢の方向へ、自信をもって進め)」は、後から短くされた形です。原文は命令ではなく条件文で、しかも条件が2つあります。進むことと、思い描いた人生を実際に生きようと努めること。
ソロー自身、森の小屋で2年2か月暮らして、街へ戻っています。出っぱなしを勧める本ではありません。
退職に置き換えると:辞めることが成功ではありません。辞めた先で、思い描いていた暮らしを実際にやってみるところまでが、この文の条件です。
10.「自分自身を信頼せよ。すべての心はその鉄の弦に共鳴する」
Trust thyself: every heart vibrates to that iron string.
R.W.エマソン「自己信頼」(Self-Reliance・1841)。原文はEmerson Centralで確認。日本語訳は当サイト。一次/PD
エマソンは、他人の意見をいくら集めても自分の判断にはならない、と繰り返します。鉄の弦、という比喩がいい。柔らかい弦ではなく、張り詰めた1本。押せば鳴るのではなく、共鳴して鳴るものだと言っています。
ちなみに、エマソンの名前で広く出回る「あなたの道を行け(Do not go where the path may lead…)」は、著作の中に見つけられませんでした。だからこのページは、出典のはっきりしたこちらを載せています。
退職に置き換えると:相談すると情報は増えますが、決断は増えません。10人に聞いても、11個目の意見が要るだけです。
11.「天は自ら助くる者を助く」
天は自ら助くる者を助く
S.スマイルズ『自助論』(Self-Help・1859)冒頭。邦訳は中村正直『西国立志編』(1871)で、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。一次/PD
この一句、スマイルズが考えた言葉ではありません。西洋に古くからある諺を、本の冒頭に引いたものです。本人が引用だと書いている。名言として最も有名な部分が、実は引用という例です。
そしてこの本の日本語版『西国立志編』は、明治初期のベストセラーになりました。身分の決まっていた世の中から出て、自分で道を作ろうとした若者たちが読んだ本です。150年前の、転職の教科書のようなものでした。
退職に置き換えると:助けは、動き始めた人のところに集まります。求人の紹介も、知人からの声かけも、動いている気配のある人に来る。
ここから先は、確かめ方の話です
言葉だけ受け取りたい人は、ここで閉じてかまいません。以下は、この11本をどうやって選んだかの記録です。
「退職 名言」で出てくる言葉は、けっこう別人のものです
同じ言葉が、同じ順番で、いくつものページに並んでいます。孫引きの孫引きで増えたページなので、途中で誰かが発言者を取り違えると、その間違いも一緒に増えていきます。
退職・転職の記事でいちばんよく見るこの3つは、どれも本人の言葉ではありませんでした。
- 「20年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことに失望する」 — マーク・トウェインの名前で流通していますが、実際は H・ジャクソン・ブラウンJr. の『P.S. I Love You』(1990)に収められた、著者の母親の言葉です。トウェインは1910年に亡くなっているので、時系列が合いません(Quote Investigator の検証)
- 「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくが如し」 — 徳川家康の遺訓として有名ですが、『徳川実紀』のような信頼できる史料には出てきません。天保6年(1835)の和讃を源流とし、明治11年ごろに元旗本が家康の署名と花押を入れて日光東照宮へ奉納したもの、という整理がされています(幻冬舎plus・渡邊大門/東照宮御遺訓)
- 「生き残るのは最も強い種でも賢い種でもなく、変化に対応できる種である」 — ダーウィンの名前で、転職記事にいちばん多く出てくる言葉です。国立国会図書館のレファレンス協同データベースは、経営学者レオン・メギンソンが1963年に書いた解釈が、いつのまにかダーウィン自身の言葉として広まったものだと整理しています(調査事例)
言葉そのものが悪いわけではありません。ただ、「あのダーウィンが言ったのだから」で決断を後押しされるのは、気持ちのいい話ではないと思うのです。だから、確かめてから並べました。
3つの目盛りの読み方
このサイトは料金も名言も同じ扱いで、どこまで確かめたかを1本ずつ書きます。
| 目盛り | 意味 |
|---|---|
| 一次 | 原典・本人の記録まで当たった(原文または公開されている全文で照合) |
| 二次 | 図書館のレファレンス記録や、専門家の解説まで当たった |
| 伝承 | 一次にも二次にもたどり着けないが、伝承として広く残っている。その旨を明記して載せる |
あわせて著作権の区分も書きます。PD(パブリックドメイン=保護期間が終わっている)と、存続(まだ著作権がある)の2つです。存続しているものは1〜2文だけ引用して、出典を必ず添えています。保護期間の考え方は文化庁の著作権のページにまとまっています。
外国語の名言は、原文を確認したうえで、日本語は当サイトで訳しました。訳者名を書いていないものは、そう読んでください。
載せなかった8本と、その理由
出典にたどり着けなかった言葉は、良い言葉でも落としました。理由も一緒に置いておきます。同じ言葉を見かけたときに、自分で疑えるようにするためです。
| 流通している名言 | 帰属される人物 | 落とした理由 |
|---|---|---|
| 20年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことに失望する | マーク・トウェイン | 誤帰属。実際はH・ジャクソン・ブラウンJr.の著書(1990)にある、著者の母の言葉 |
| 人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくが如し | 徳川家康 | 後世の創作。信頼できる史料になく、明治期に奉納された遺訓が源流 |
| 生き残るのは最も強い種でも賢い種でもなく、変化に対応できる種である | ダーウィン | 誤帰属。経営学者レオン・メギンソン(1963)の解釈が本人の言葉として流通 |
| 四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り | 渋沢栄一 | 一次出典を特定できず。広く流通しているが、典拠を書いた資料に行き当たらなかった |
| チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ | 本田宗一郎 | 一次出典未確認。名言集経由の流通ばかりで、著書・発言記録にたどり着けなかった |
| 狂気とは、同じことを繰り返しながら違う結果を期待することだ | アインシュタイン | 検証サイトに誤帰属の指摘があり、当方でも一次出典を確認できなかった |
| あなたの道を行け(Do not go where the path may lead…) | エマソン | 誤帰属の指摘があり、著作中に該当箇所を確認できなかった。エマソンは第10項(出典確実)で掲載 |
| 成功は最終ではなく、失敗は致命ではない | チャーチル | 誤帰属の指摘があり、一次出典を確認できなかった |
高杉晋作の辞世として知られる「おもしろき こともなき世を おもしろく」がそれです。下の句「すみなすものは心なりけり」は、看病していた野村望東尼が付けたと伝わっており、この形で広く知られるようになったのは司馬遼太郎の小説を経由してからだ、という指摘があります。つまり伝承であって、一次の記録ではない。
このページは、こういう言葉を「偽名言」とは呼びません。伝承として残ってきた事実のほうが大事なこともあるからです。ただ、伝承だと書かずに「高杉晋作の辞世」とだけ紹介するのは、しないようにしています。
状況別に読む
同じ言葉でも、読む時間帯で効き方が変わります。夜に効く言葉と、朝に効く言葉は別物でした。
- 仕事が嫌になった夜に効く名言7本 — 帰りの電車で読む用。自分を責めそうな夜に、判断を止めておくための言葉
- 辞める決断ができない朝の名言7本 — 迷っている自分を肯定してから、変えられるものだけ数える
- 送別会・寄せ書きで贈れる名言と一言文例 — 送る側の人へ。色紙に書いても権利で困らない言葉の選び方つき
言葉のつぎに要るのは、数字と条文のほうです。
- 有給は使い切って辞められる — 残日数の数え方と、会社が渋ってきたときの分岐(労働基準法39条)
- 退職は法律上2週間でできる — 就業規則の「1か月前」との関係(民法627条)
よくある質問
- ネットの名言は、どれくらい間違っているんですか
- 全体の割合を測った統計は見つかりませんでした。ただ、退職・転職の文脈でよく回る言葉のうち、マーク・トウェインの「20年後」、徳川家康の遺訓、ダーウィンの「変化に対応できる種」の3つは、いずれも検証記録のある誤りです。このページでは実例を挙げて説明しています。
- 名言を読んでも、気持ちが動きません
- 言葉が効かない日があります。眠れない、食べられない、消えてしまいたいという状態が続いているなら、名言より先に相談できる窓口があります。厚生労働省の「こころの耳」に、電話・SNS・メールの相談先がまとまっています。
- ここに載っている名言を、色紙や寄せ書きに使ってもいいですか
- 著作権が切れている(パブリックドメインの)ものは自由に使えます。このページでは1本ずつ「PD」か「著作権存続」かを書いてあります。存続しているものを人に贈るときは、出典を添えるのが安全です。贈る言葉としてどれを選ぶかは、送別のページにまとめました。
出典
- 青空文庫『現代語訳 徒然草』(吉田兼好/佐藤春夫訳)第五十九段(確認日 )
- レファレンス協同データベース(国立国会図書館)上杉鷹山「為せば成る」の出典整理(確認日 )
- PHP研究所 歴史街道「行ないは自分が、批評は他人がする―勝海舟の人生訓」(確認日 )
- e国宝(国立文化財機構)坂本龍馬関係書状 文久三年六月二十九日 坂本乙女あて(確認日 )
- 青空文庫 夏目漱石「私の個人主義」(大正3年・学習院輔仁会での講演)(確認日 )
- 青春出版社『自分の中に毒を持て〈新装版〉』岡本太郎(確認日 )
- 中國哲學書電子化計劃『老子』(道徳経)第六十四章 原文(確認日 )
- 青空文庫 與謝野晶子「そぞろごと」(『青鞜』第一巻第一号・1911年9月1日)(確認日 )
- Lit2Go(南フロリダ大学)Walden, Conclusion 原文(確認日 )
- Emerson Central「Self-Reliance」(Essays: First Series, 1841)原文(確認日 )
- 国立国会図書館デジタルコレクション『西国立志編:原名・自助論』(スマイルズ著/中村正直訳)(確認日 )
- Quote Investigator「Twenty Years From Now You Will Be More Disappointed…」誤帰属の検証(確認日 )
- レファレンス協同データベース(国立国会図書館)ダーウィン「変化に対応できる種」の出典調査(確認日 )
- 幻冬舎plus 渡邊大門「徳川家康の遺訓は本物か」(確認日 )
- Wikipedia「東照宮御遺訓」(成立経緯と史料上の扱い)(確認日 )
- 厚生労働省「こころの耳」働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト(確認日 )